究極の表現は立ったまま・座ったままでいることだ
という話に、ハッとするものがありました。
具体的な動きは舞の中ではほとんど行われないが、どう見るかは観客にゆだねられている。
こうしたシンプルでかつ最大限の効果を発揮する表現を世阿弥が体系化した…というような話でした。(私は門外漢なので、理解不足や研究者の考えの違いなどはあるでしょうが…)
大学で日本建築史の授業をとっていたのですが、
千利休の編み出した茶室は
シンプルの極みで、かつ当時として
大変ラディカル(茶室の中では身分の差をつけない・質素、日常使いのものを美とする・超ミニマムなつくりなど)な思想であった
という話を聞きました。それを思い出しました。
ムダをそぎ落とし、究極の美を追求し、シンプルにしようとする発想に触れると、その思考は今でもラディカルであまりにも先鋭化されすぎていて、日常をただ生きるだけの人間には理解しがたいところがあります。
何百年も前なのに、やっぱり今でも新しいのです。
人間はそもそもムダをかかえて生きる存在なんだろうなと思います。
でも、シンプルはかっこいいんです。
自分の力量を試してきます。
それに耐えられるか? 内面で真っ向勝負できるか? どこまで美意識を研ぎ澄ませるか。挑戦は続きます。
お読みくださりありがとうございます。
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