2014年10月30日木曜日

『シンプルを極める』を読んで変わったこと

ドミニック・ローホーさんの『シンプルを極める』(幻冬舎)を買って以来、折にふれて何度も読み返しています。

最近本はほとんど買わないし、何度も同じ本を読むことじたい、今までの自分にはなかった行動です。


最初は、モノを減らすためのきっかけづくりとして読みました。本の内容も、そういう風に理解しました。

何度も読むうちに、最初ただ目で追って読んだ文章の意味が、だんだんと自分の身に迫ってくるようになりました。シンプルに、身軽に、自分というものもぬぎすてて生きる。なんて難しいんだろうか。

今の私には、これは完全に哲学書です。「お片づけ本」の類ではなく、精神をどう保つか・どうシンプルに生きるかを説く生活道徳の本として読んでいます。

禅の影響が強く、また訳もすっきりとはいかないですが、それをあまりあって訴えるものが強い本です。

確かに、シンプルでいようとすると、だんだんと思考そのものが変わってきます。

・あれが欲しい、これが欲しいという無闇な物欲がなくなった
・仕事があってありがたいと思うようになった
・でも仕事が明日からなくても別に平気だと思うようになった
・なにかをうらやましいと思うことがなくなった
・買い物じたいを楽しむということがなくなった


細かいところをあげればキリがないのですが、本当にここ数年でかなり変わりつつあります。人間って、30歳過ぎてもまだ成長できるんだと感じてうれしくなりました。

2014年10月29日水曜日

外出着の数は40枚だった

毎日通勤している身なので、さすがにずっと同じ服という行動にでられません。

今もっている外出着を数えてみたところ、ちょうど40枚でした。

<内訳>

冠婚葬祭用・・・3点(喪服は1セットとかぞえました)
春・秋用・・・14点(デニム含む)
夏用・・・8点
冬用・・・15点

冬用が多いです。寒がりで着る時期が実質長いので、点数も多めなのですが、もう少し減らせそうな気もします。

思いかえしてみると、何かをひとつ買うたび、「これにあわせるためにこういうものが必要・・・」と、どんどん芋づる式にモノが増えていきました。

この前、気に入っていたスカートをリサイクルに出しました。それは、年齢的に膝がでる丈が合わないと思い始めたことに加え、このスカートがあることによって、タイツや靴など、これに合わせるためだけのものが少なからずあると気づいたからです。

枚数を少なくもつということは、「どのアイテムを組み合わせてもなんとなく決まる」という状態が一番です。

こうなると、朝どれを着ようかと悩む必要がありません。とても楽です。

家にいる時間が長い生活であれば、もっと枚数を減らせそうな気もしますが、今のライフスタイルにあった数というのもありそうです。ただの「数」にこだわるのではなく、自分が楽しく快適に過ごせるのであればいいかなと思います。

2014年10月26日日曜日

ディズニーランドに行ってきたが

ディズニーランドホテルに泊まって、2つのテーマパークに行ってきました。

私の両親を連れ、5人で車で行ってきたのです。ホテルに泊まったのは初めてでしたが、とにかく楽に過ごせました。

ただ、人の多さと、いる人のノリについていけないことで疲れてしまい、楽しかったのですが、もう当分はいかないでいいかなと思いました。

やっぱり遊園地だから、ちびっこから20代前半くらいの人のためのところだなあ・・・と思いを強くした次第です。


高いお金を払って、一瞬のために長い時間並ぶ・・・ということが、30歳を過ぎた今、お金も時間もムダにしているというか、貧しい使い方だなあと思ってしまいました。

子どもは喜んでたし、親もホテルに喜んでたのでよかったのですが。

遊園地って、お金がないと楽しくすごせないという、象徴のような場所だと思います。

全部を否定するわけではないけど、最近のディズニー信仰には、正直あまりついていけません・・・。

2014年10月20日月曜日

洋服好きにしかわからないのだ

ランキングに参加しなくなった理由。

ミニマリストのカテゴリが今の自分の気分に一番合っていて、よく見させていただいたのですが、結局「いろいろ減らす」という観点だと自分も含め、内容が似てくるなあと思っていたことと、過去の記事「洋服好きとシンプルライフの両立」でお伝えした内容とかなり似た内容を他で見て、びっくりしたことがあげられます。

まあ、他の人のお役に立てたならよいのですが、私がちょっと違うなあと思った点もあるので、過去の記事の補足的内容を書こうと思います。

過去記事の内容をお読みになってから、読んでいただければ幸いです。
長いです(汗)。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


流行を早めに取り入れるというのは、もともと「ファッション」が好きでないと、相当難しいと思います。

なぜかというと、「これは流行る!」と思ったものでも、一般の人(=ファッションがそれほど関心のない人)に浸透しないで終わるものも多くあるからです。

また、3年は旬として着られるつもりで取り入れようと思ったら、実感としてはコレクションなどで発表されてから次のシーズンくらいまでに、関東だと伊勢丹新宿店や、青山周辺のブランド路面店などに早めに行かなければ、手に入りません。

それ以外の都内の店でたまに在庫が残ってたり、というのを狙ったりもできますが、そもそも出回っている数が少ないので、争奪戦に近いものがあります。伊勢丹あたりだと便利なので、瞬殺のときもあるし、そもそもブランド店では上位顧客向け予約会などで先にはけてしまうものも多いと思います。

ファストファッションが模倣するのは、このあとになります。ここらへんで、流行に敏感だけどお金のない若い子たちががんがん取り入れることになります。

テレビ・新聞などマスメディアで取り上げられるのは、若い子の間でかなり普及したあと、段階でいうと最後のほうです。

特に、テレビはオワコンといわれて久しいとおり、情報としてはかなり遅いです。新聞でもまだ日経新聞や日経MJあたりは、お金が動く分野なので、早めにきちんと取材して書いています。

(例えば、何年か前にイザベル・マランが火付け役となって流行りだしたヒール付スニーカー、わりとすぐに日経新聞はちゃんとブランド名を出して記事にしていたのですが、そのすこし後に出た読売新聞の記事はそこじゃねえ!っていうブランドを取材していたあげく内容が浅かった)

じゃあ何を見たらいいのかというと、シンプルライフを実践しかつファッション好きを両立させようとするなら(=ファッション誌を見ないなら)、ネットを活用する以外にありません。

有名ファッションサイトや海外ストスナ、有名ブログやファッション誌のオンライン版など、ファッション好きな人ならそれぞれ思い浮かぶのがあると思います。

最近のストリートファッションがハイファッションに取り入れられることが多いというのは周知のとおりなので、そんな中心部ばっかり出歩けないわ!って場合もストスナ見てたらそれなりにわかるような気がします。ある程度フィルターかかってても・・・。


最近はコレクション内容や動画も、ネットですぐに見られるようになったので、いい時代ですよね!

でもそこまで追っかけるのはしんどいという人に、いわゆるファッション誌があるのだと思います。ある程度噛み砕いてくれるから便利です。踊らされるか、自ら波に乗るか、見ているだけか、選ぶのは自分しだいです。いずれにしろ、興味のない人がただ漫然と受身の姿勢で日常生活を送っている限りは、「流行」を早めに取り入れるというのは難しいと思います。


個人的には面白いから好きだけど、今はもうチェックもしないし、敏感になるのは基本アイテムのディティールが変わっていくかどうかというところだけです。


2014年10月19日日曜日

ランキングに参加するのをやめました

8月にブログを移行してから、今までブログ村のランキングに参加していたのですが、登録情報を削除することにしました。

ブログ村のお気に入りメンバーに入れてくださっていた方には申し訳ありません。

過去記事内のリンクをクリックされてもつながらないと思います。(ズボラなのでちまちま削除していきます)

参加カテゴリは、シンプルライフとミニマリストにしていて(家計管理に一瞬参加してみたものの、やっぱりブログの内容が違うのでやめてしまった)、ほかの人のブログを見るのも楽しかったのですが・・・。


ランキングがあると、それがどうしても気になってしまうし、それってミニマルやシンプルでもないし、しかも「・・・!?」と思うことがあり、やめることにしました。


ブログ村を通じてたくさんの方に見ていただいて、ありがたいなーと思います。ブログ村が決して悪いわけではないのです、お世話になりました。

また気分が変われば参加することもあるかもしれないですが、しばらくは気ままにやってきます。よろしくお願いします。

2014年10月18日土曜日

友だちは少ないが

断捨離などで、モノだけでなく人間関係も「片付ける」ことが言われていますが、私はこれには疑問を感じます。


捨てられるような関係性だったら、最初から関係なんてないのと一緒なんじゃないでしょうか。


友達に見栄を張るという感覚も、私にはよくわかりません。ぼっろぼろの服着てるの見せても平気、っていう人が友だちです。それ以外の人は知り合いです。


そもそも、友達って、あらゆる打算や利害を超えたところに存在する、お気楽な関係性のことだと思います。

妬んだりあれこれドロドロと思っているんだったら、それは友達じゃないと思うのです。血のつながりからも利害関係からも独立している、それがすばらしいのです。


もちろん、腐れ縁というか、なんでこいつと友達やってるんだ、みたいなやつとかは私にもいるんですが、結局心配したりお互いさまでなんだかんだと楽しいわけです。


私は、モノやお金に頼りきらない生活をする上で最も大切なのは、友達だと思っています。


友達とどうでもよいあれこれから興味のある分野の話までおしゃべりする時間って、家族とはまた違ったものを得られるのです。これは私にとって最も貴重な「時間」を費やす価値のある、最強の娯楽です。



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2014年10月17日金曜日

お金がなければ不幸?

今は物質的に豊かな時代です。でも、「お金がないと何もできない」って大人から子どもまで信じきっているようにも感じます。


あるとき、遊ぶのも食べるのも、何をするにも「作る」のではなく「消費する」だけにしかならないことに気づいたとき、愕然とした覚えがあります。

すべての行動がいくら、という状態で表される、これが現代の社会なんだからしょうがないけど、なんだかいびつです。


世の中には本来いろんな価値観があるにも関わらず、「お金」という基準しかないと思い込むのは、自分で自分を追いつめているに等しいと思います。


いくつもの価値観で生きていれば、あれがなくてもこれがあるさと思えるんじゃないかと思います。

自分を変えれば自分をとりまく世界は変わる。これが自分で自分をダメにしない、究極のセーフティネット。



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2014年10月16日木曜日

似合うかどうかは形、合わせやすさは色

過去の記事で、少ない服で着まわすためには買う服の色を限定することとがよいのではないかとお伝えしました。


洋服の色といえば、カラー診断を受けて、似合う色を模索する方法もありますよね。私の母はカラー診断を受けました。

おすすめの色を肌にあてると肌がきれいにみえるし、診断後は「こういう色は似合わないから」と買い物のときはっきり決められるようになり、すごくよいと思いました。私も機会があったら受けてみたいと思います。


でも、このカラー診断が及ぼす効果って、本人の迷いを断ち切るとか、自分の中での「似合う・似合わない」に発揮されるものだなあとも思うのです。


なぜかというと、普通の人は目の前にあるものの色を頭の中で変えてみることは難しいからです。

つまり、Aさんは茶色よりグレーのほうが似合う、ということは実際に比較して見せたら誰でも答えられるかもしれませんが、茶色の服を着ているときに「グレーならもっと肌がひきたつのに…」というような比較はあまりできないと考えられます。


もっと言えば、「なんか似合わない」と一番思っているのは、いろいろなパターンを当てた場合を目にしている人・・・つまり「自分」なんじゃないでしょうか。だから、似合わない色だって好きな色だから着る!というのも私は有りだと思います。


むしろ、体型にあっているか、いないかという点のほうが、プロでなくても「似合う・似合わない」を感じやすいのではないでしょうか。


「最先端のおしゃれ」はわからない人(例えば家族)でも、「足が短く見える」「太って見える」「ブカブカでおかしい」など、

自分ではフィルターがかかって見えないが、自分以外の人は同じような印象を大体抱いている状態

を的確に指摘できるからです。

まとめると、

似合うかどうかは形、合わせやすさは色

なのかなと思います。


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2014年10月15日水曜日

掃除が趣味と思い込む

片付けは小さいころからちょこちょこやるタイプでしたが、掃除が好きではありませんでした。


しかし、そんな自分がちょこちょこ掃除を癖にすることができました。
それは・・・「掃除が趣味」と思い込んだことです・・・。かなりしょうもない。


なぜ掃除が嫌だったのか考えると、

1.面倒くさい
2.汚いものをさわるのが嫌だ

の2点になりました。


そのため、1に関しては部屋ごとにあった掃除道具を置いておく(ふきん、ウエス、コロコロなど)ことで、面倒くささがだいぶ軽減しました。(離れた場所にあると、それをとりにいくのが面倒で結果やらない)

また、2に関しては、汚れのひどいものはウエスで、トイレ掃除も便器は激落ち君の使い古したもの(台所で使ったあとのもの)で磨き、捨てるという「使い捨て」方式でやっています。トイレブラシはありません。ぞうきんは使い終わったら石鹸で洗って干していますが、回転は早めです。


ちょこちょこ掃除を意識するようになってから、掃除するのがだんだん楽しくなってきました。すると好循環が生まれました。

きれいな状態が当たり前
↓
汚れていると目立つ
↓
すぐ掃除する
↓
すぐ落ちる・きれいになるので気分がいい
↓
掃除が楽になる・楽しくなる


お金がかからずすぐできるし、達成感は得られるが終わりはないのがこの趣味のいいところ!


掃除を「義務」と思うと、「なんで私がやらなきゃいけないんだろう」とか「散らかしっぱなし!」と怒ったり滅入ったり大変なのですが(以前はそうだった)、趣味と思うとあらま!!
「ちらかしてもまた片付けてやる!」とか「私ってきれい好き~」と自己肯定感が高まり、他の人にきれいな状態の維持を強制することもなくなるのですねー不思議!

好きでやっているっていうのがポイントなのでしょうか。

しかも、「趣味」なので、疲れているときは「まあ元気なときにするか」とアバウトに思えるのもいい。ちょこちょこやっておくと、リカバリも早いです。


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2014年10月14日火曜日

「ファッションプロが心に刻む金言集」

SPURの2011年11月号にあったもので、なるほどと思った言葉を抜粋、メモ(以前のブログからの転載なので、月号が古いです)。


・服に一生ものはない
・コーディネートが思いつかないアイテムは、ただの飾り
・あることさえ忘れている服は、ないものと同じ
・「とりあえず」で買った服は、しょせん「とりあえず」の存在にしかならない

・マイヴィンテージになるアイテムを買え!
・迷ったら黒!
・それを買わなくても楽しく生きていけるなら、深追いはしない




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2014年10月13日月曜日

シンプルライフと冠婚葬祭

モノを減らしていますが、さすがに冠婚葬祭関連のものは、一式そろえて持っています。


使う頻度は少なくても、絶対必要になるときがくるものは、持っていても負担にならないと思うようにします。見直すべきは「使わないのになんとなく持っているもの」です。

高価なものでなくても、それなりのマナーにのっとったものがそろえられていればいいと思うし、それが周りに対する礼儀だと思います。


ただ、難しいのがお祝いごとです。最近はいろいろなケースがありフォーマルな場も減っているのかもしれませんが、私はきちんとドレスアップするのが礼儀だと思うので、普段着+αで対応しようとは思いません。

今はそうしたフォーマルなワンピースを2着持っているのですが、1着だけにしてもいいような気がします。

靴とバッグは減らしてしまって、合うものがないため、職場の同僚の結婚式二次会参加の際は、レンタル店で借りました。返却も郵送でできるので、便利でした。

ワンピースも処分して、必要なとき借りることも考えるのですが、今あるものは体型にあっているし、小物よりも似合う・似合わないが大きいものなので、借りるのも大変かなと思っています。

年齢や体型に見合わなくなってきたときに手放し、それ以降は母から着物を借りるつもりです。

冠婚葬祭のものは、自分のためというより人への礼儀のために持っておくものなので、自分の思想信条があるから、というのを優先させられません・・・。


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2014年10月12日日曜日

豊かな生活とは何か

『貧乏神髄』(川上卓也 著 WAVE出版)を図書館で借りて、「豊かな生活」に対する考え方が、今自分が考えていることととてもあっていると思いました。


著者は、「貧乏」と「貧乏くさい」は別物だといいます。この世の中、コンビニ弁当やファストフード、100円ショップのものなどなど、「貧乏くさい」ものであふれており、そういうモノにいろどられた生活はやはり「貧乏くさい」のだといいます。


時間をお金で買って、それで得た時間で何をするのか。時間と手間を買って、ニセモノの満足感を得ているのではないか。ムダなものを買うために働いて、消費をすることで喜びを得るのは、むなしいのではないか。…そんな感じです。

モノがあまっている時代の「豊かさ」は、モノがない時代の「豊かさ」とは決定的に違うと思います。懐古主義でもありません。インターネットとか、LCCとか、享受できるものはありがたく使わせてもらいたいと思っています。


でも、バブル時代みたいに、ずっと右肩あがりを目指して、他人の目線と評価軸で生きていくのって、ダサくないですか? 

自らの悔悟を込めて言いますが、消費していくだけの生活、見栄でお金を使う生活、ただただお金を増やすことだけを考える生活…どれももう嫌です。疲れるし、窮屈だし、無理しているかんじそのものがもうだっさーって感じです。

食べることとか、生活の細かいところを工夫しながら生きていくというのは、働くことと生きることが直結していて、シンプルだなあと思います。ソローの『森の生活』を読んだときのすがすがしさを、少しでも自分の生活に取り入れられたらと思うんですが、そういう考えは実生活では受け入れられづらいので、ひっそりと生きています。


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2014年10月11日土曜日

適当に料理する

ホワイトソースやカレーは結婚してから今まで自分で適当に作ってきましたが、ミートソースは実家がしていたように、箱に入った粉のミートソースの素を買っていました。

でも、夫が肉があまり好きではないので、ミートソースの出番が減り、結局「素」も買わなくなりました。この前むしょうに食べたくなり自分で適当に作ってみたらおいしくできました。自分でできないと思い込んでいただけでした。


焼きそばも、市販の添付ソースは添加物が多いので、麺だけ利用して、ソースは自分であれこれやってみたらおいしくできました。

市販のものはどれも味が濃く、香料が強いと感じます。自分で味をつけたものは、薄味好きの夫にも好評です。

ホワイトソースはバターと粉と牛乳で適当に作ります。カレーは大量のたまねぎを炒めてトマト缶を入れてダシを入れカレー粉とスパイス類を適当に入れて作ります。

ミートソースはセロリ(重要)とたまねぎのみじん切りをベースにケチャップやウスターソース、鳥ガラダシを入れて適当に作ります。焼きそばも鰹節粉末と昆布粉末にソースと醤油を少し入れて適当に作ります。

適当です。


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2014年10月10日金曜日

アズマカナコさんの生き方

しばらく前から、アズマカナコさんの生き方が素敵だなと思っています。

電化製品をほとんど使わず、電気代500円以下になったという、「おばあちゃんの暮らし」にあこがれた生き方は、自分のスタイルが確立されていて、かっこいいです。人にそれを押し付けるわけではないし、ただ楽しいのでこういう生活をしている、というあり方も素敵です。


こういう生き方を若い人が実践することは、ちょっと前の時代では考えられなかったのではないでしょうか。暮らし方はおばあちゃんの時代と同じかもしれないけど、実は新しいライフスタイルなんじゃないかなと思います。


手間と時間のかかるものの少ない生活を「しょうがなく」していた時代と違って、「なくてもいい」「手間をかけることが楽しい」と思えることは、この時代だからこその、すごく贅沢な考え方だと思うんです。その意味で、生活そのものは古いやり方に見えても、実際はかなり時代の先端を行っている…!

ここまで徹底することは難しいけど、「もったいない」という精神で無
駄をはぶき、生活を楽しむ生き方を自分の生活にもできる範囲で取り入れたいなと思いました。


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2014年10月9日木曜日

自分の時間は誰にも渡さない


モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語 (岩波少年少女の.../岩波書店
¥1,836


「あたしは、」と、モモはきっぱりと言いました。「じぶんの時間をだれにもうばわせたりしないわ!」

ミヒャエル・エンデの児童文学『モモ』の一文です。有名な作品なので、ご存知の方も多いでしょうが、大人になって読みかえすと、また違った感慨を持つのではないかと思われる本です。
ストーリーは、「時間貯蓄銀行」を名乗る「灰色の男」たちが、人間に時間を節約するよう甘言を弄し、その時間を盗んでいくのですが、主人公のモモがそれを取り戻すというファンタジーです。
時間を節約すると、「効率」をよくすることが全てになります。節約しているはずなのに、いつもせかせかして、どんどん忙しくなっていくのです。遊ぶときも、いろいろ詰め込んで遊ぶので、ちっとも休まりません。そしてみんな余裕がなくなり、イライラしてくるのです。

…なんだか、今の社会、大人の世界そのものだと思いませんか。モモはこういう世界の理屈が全く通用しない存在なのですが、私も普段「時短」と思い生活しているので、身につまされるところがありました。

本当はこの生きている一分一秒がすべて大切なのに、それを節約したつもりになってどうするんだろう。

一番のシンプルは、「今」このときをめいっぱい感じることなのかもしれないです。

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2014年10月8日水曜日

「おしゃれ」と「きれい」は違う概念

今まで、ファッション誌(特にモード誌)などに、「おしゃれな着こなし」という実例でエディターさんやスタイリストさんやらファッションのプロの私服が載っていたりすると、「これおしゃれなのか…??」と感じるのも多くありました。

疑問に思いながらも「雑誌に載っているんだからおしゃれなのか」と深くは考えなかったんですが、ここでいわれている「おしゃれ」っていうのは、マニアの趣味に近いことで、「きれいであることとおしゃれであることは同義ではない」ということを気づくのに、長い年月を要しました…。

大変失礼ながら、「おしゃれな」コーディネートを、10~20代・身長180cm前後ある手足の長い小顔のモデルさんが着たら素敵に決まるんだろうなと想像できるものの、一般の日本人体型の人がこれをするのは、かなり難しいと思うのです…。


でも、その筋の業界内であれば、わかってくれる人がたくさんいるだろうし、いろいろ凝るのは楽しいんだろうなと思います。純粋にアイテムだけ、コーディネートだけをみて「おしゃれ」という評価がくだされるのかなと。

でも、ふと街で「あの人きれいだな」って思う人は、服の着こなしがすごく目だっているわけではなくて、その人に合った服をまとい(全体の雰囲気や体型に合っていてバランスがいい)、姿勢や髪型・表情・しぐさなどトータルで調和がとれていて美しいことが多いように感じます。


私はごくごく普通の一般人なので、通好みの「おしゃれ」を目指すよりは、そこそこ「きれいにしている」を目指したほうがよさそうです。


これは、顔のつくりや持って生まれた体型から、目をそらさず人と比較せず、いかにマイナスをゼロ、ゼロからプラスへと持っていけるかという自分との対話です。


「おしゃれ」でいるためには流行のものも取り入れる必要があるでしょうが、「きれい」でいるためにはメンテナンスこそ必要でも、常に新しいものを入手し続ける必要はなくなるかなと思います。




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2014年10月7日火曜日

カレンダー・手帳は買わない

手帳は大学生のとき使っていました。アルバイトの予定と授業をサボった回数をメモしていたのです・・・。


会社員になり、仕事の予定はすべて会社のPCのスケジュール(他の人も見られる状態)に入れています。2週間先ぐらいまでは、知らぬ間に会議や打ち合わせがガシガシ入れられています。

絶対忘れてはいけないプライベートの予定は、自治体からもらうごみ収集カレンダーに書いて、しまっています。

ごみ収集カレンダーは、サイトで見られるので捨ててしまおうかと思ったのですが、いちいちPCで確認するのが面倒なので、とってあります。


もともと、カレンダーをかける習慣がないので、買ったことはありません。

手帳も、社会人たるものあったほうがいいかなあと思うのですが、結局仕事の予定をチマチマ書くのが面倒で使いません。やらなきゃいけないことが多すぎます。ちなみに腕時計ももっていません。


前日、PCに入れた予定を確認して、退社します。前の日ぐらいだったら、詳細を覚えられます。

仕事一つ一つの日程的段取りは、大体のとこで覚えています。


それでも覚えきれない予定は、どうでもいいものか、詰め込みすぎなんじゃないかなと思います。



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2014年10月6日月曜日

片付けは少しずつ

躊躇なく一挙にやってしまえ!というのも多いと思う、お片付け。

確かに、モノがあふれて足の踏み場もない状態であれば、まず明らかなごみを捨て、何年も使っていないものを捨て…と一気にやらなければ、いつまでたっても終わらないと思います。

…でも、だいぶ処分して、ある程度すっきりしてきて、捨てるものといえば「思い入れの強いもの・お気に入りだったもの」ぐらいになってくると、一気にというができなくなってきます。

もちろん、使っていないものを捨てるのは当たり前なんですが、できるだけ引き取り手を探すとか、過去と決別するとか、いろいろ手間がかかってきます。

だから、ちょっとずつ、モノと心の整理をつけて、時間をかけて納得しながら整理していっています。

ダイエットにたとえると、まず悪しき食習慣を改めて、贅肉をおとしていったあと、筋トレに入った段階か?

成功すれば、知らず知らずのうちに、スリムな体(=生活)が手に入るのかな…。


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2014年10月5日日曜日

振り回されない

シンプルライフってなんだろうって考えると、節約生活でもないし、ものを全くもたない暮らしというほどでもないし、エコとかロハスともちょっと違うなと思います。


お金が節約できたり、ゴミが減るのはうれしいですが、それはシンプルライフを送る中で副産物のようにでてくるものかと…。自分はそういうのを最初から目指しているわけでもないし…。


結局、シンプルライフとは、モノや情報、人に振り回されないことなのかな、と思います。

最近流行っている断捨離という考え方の中でいいなと思うのは、「自分軸」「今」で生きる、というところです。これも、振り回されないために必要な心構えを、言葉をかえて言ってくれているのではないかと思います。

自分に向き合うことで、必要なものだけを回りにおけば、自然とシンプルになるのかも。

だから、100人いれば100通りのシンプルライフがあるのかもしれません。


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2014年10月4日土曜日

こうやって基礎化粧品を少なくしました

もし「肌に何もつけない」を実践される方がいらっしゃれば、参考になるかわからないですが、現在にいたる経緯を書いておきます。


小学~中学生時代:母に言われてドラッグストアで買った化粧水・乳液をつけ始める

高校生時代:生物の先生に感化され、オーガニック系化粧品に移行

大学生時代前半:メイク・化粧水など手作りを始める

大学生時代後半:面倒くさくなりコスメキッチンであらかた調達

就職:フルメイク、クレンジング、洗顔料、化粧水、クリーム(すべてオーガニック系)

出産直後:面倒くさくなりせっけん洗顔・馬油だけにする→ガサガサになる→化粧水プラス馬油にする

アメリカ滞在:WHOLE FOODSでオーガニック系の化粧水を買う

職場復帰:忙しくなりアムリターラの美容液兼日焼け止めだけ、もしくはアルガンオイルだけにする

去年ぐらい:買いに行くのが面倒になり何もつけなくなる


以上から、すべて私の行動の根幹には「面倒くさい」があることがわかりました…。

オーガニック系基礎化粧品は、ハウシュカ、マルティナ、ヴェレダ、アムリターラ、パックスナチュロンなど。デパートコスメは基礎化粧品で使ったことはありません。

ニキビがたくさんできたことはないけど、そばかすはあります。ただ、腕にも小学生くらいからあるので、体質だと思っています。

念入りにクレンジング、丁寧な洗顔、化粧水をたっぷり、乳液のあとは美容液と、いろいろしていた人が、突然何もしないというのはかなり難しいように思います。

辛いものを食べ続けると舌が慣れるように、肌もその状態に慣れていると思うからです。自分も、やめたり戻ったりを繰り返しました。


でも、一番は「化粧品を塗りたくり念入りに落とす」という賽の河原みたいな行動をやめることがいいように思います。



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2014年10月3日金曜日

知らぬ間に宇津木式を実践していた

あの、恥ずかしながら全然知らなかったんですが、私のやっている(というかやっていない)スキンケア?方法は「宇津木式」というものだったんですねー!


あの、「肌にほぼ何もつけない」というものです(過去記事はこちら)。


化粧や肌の美容に関心が著しく低下した結果、ここ数年何の情報もとらないため、自分のしていた方法が宇津木式に限りなく近いことすら知りませんでした。


保湿でつけていいのはワセリンだけみたいなんですが、これも私、今同じことをしていました! たまたま家にあった油分補給できそうなものがワセリンしかなかったからなんですが…。

最近季節が変わって、鼻の穴のしきりにあたる部位(なんて言うんですかね…)がカサつくので、ワセリンをぺぺっとのばして終わりです。

おでこが一部ざらつくのが気になるんですが、頬などはつるつるした感じです。体調が悪いと肌の調子が悪くなります。

本来、肌ってそういうバロメーター的役割を果たしていたと思うんですが、今は化粧品などで荒れているのか、体調が悪くて荒れているのか、わかりにくくなっているように思います。




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2014年10月2日木曜日

火事にあった

前に火事にあったんです。

夫のものがあらかた燃えました。その後しばらくは、夫は文字通りスーツケース1個で生きる男でした。


私も、自分では大丈夫だと思っていても、精神的動揺とかすごかったんだなと後になってわかりました(仕事でミスをして損失を出し反省文書いたりした)。


強制的に断たれたモノとのつながりは、さびしいけど不便とは違いました。

…必要なものは、買いなおしますからね。


でも、楽しみで買ったものは、同じものを買いなおすことはありませんでした。そんなものかもしれません。


唯一、戻らないのは、バックアップをとっていなかった旅行の写真。それ以来、すべてクラウドにあげています。

私は、その旅行の細かいことをかなり覚えているので、写真がなくても大丈夫なんですが、夫が残念がっていたので私も悲しくなりました。


でも、たいていのものはなくても大丈夫だと心の奥で割り切ることができるようになりました。

生きている間は、本当の意味では、自分の体しか持っていないんだと思いました。



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2014年10月1日水曜日

忙しい生活のときほどモノの少なさが利いてくる

最近、仕事のあれこれがぴったりと重なり、毎日会社をドタバタと走り回っています。

そういうときは余力がないので、掃除や片付けなども最低限(ほかの家事は夫がやってくれてることも多いんです…)になるのですが、モノが少ないと本当に楽です。


片付けやすいし、掃除しやすい。


頭と心が「やらなきゃいけないこと」でつまっているときに、部屋の中にモノがない状態だと、ストレス度がそれだけで低くなります。




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